*** 登山日記 *** |
|||||||||
| 1999.8.5 <深夜バスに揺られて…> | |||||||||
ついに登山篇出発の日。夜行バスにのっていくため、集合は22時30分でした。 名前は「さわやか信州号」…ちょっと照れてしまう名前ですね(笑) 集合場所は木曜日の夜だというのに、人、人、人であふれていました。 バスの座席はとてもせまく、リクライニングをしても寝るのはなかなか難しい状況でした。 ま、直井と監督は普段から床で寝てたりするような生活を送っているため、あっさり熟睡しましたが、出演者の井上君はかなり辛かったと言っていましたね。 バスは新宿から中央高速をひた走り、とても順調に上高地まで僕ら撮影隊を運んでくれました。 |
|||||||||
| 1999. 8.6 <上高地を元気よく出発!> | |||||||||
上高地にバスが着いたのは朝6時くらいだったと思います。 すでに上高地のバスターミナルは東京とはうってかわって涼しく、これから撮影なんだって気分がいやがおうにも高まってきます。 で、食堂で朝定食を食べてさっそく出発。 2時間歩いたところで、監督の足が止まり、吊り橋で最初の撮影が始まりました。 まだそれほど登っていない段階だったので、穂高連邦を見上げる感じ。 山々が観客を覆ってくる感覚がある構図は作品中、唯一と思います。 その後、パノラマコースを通って雪渓で有名な「涸沢」を目指しました。 しかし、このパノラマコースが曲者でした… その後も撮影は続き、午前11時くらいに岩だらけの「ガレ場」にて、携帯コンロで湧かしたお湯でコーヒーを飲みながら一服するシーンを撮影しようとしたところ、ついに雨が降り始めました。山の天気は崩れやすいとは知っていましたが、こんなにも早く崩れてしまうとは…とりあえず、機材や小道具にビニールシートをかけ、ポンチョをかぶりながら雨をやりすごすことになりましたが、一向に雨は止みません。 気が着くと、僕は眠っていました。監督も井上くんも眠っていました。 僕はとても不安になりました。 「山で撮影だなんて、無茶だったかな」 「なんでこんなことしてるんだろ」 次々と、軟弱で弱々しい考えが頭の中を廻ります。 珍しくはめている腕時計の針は、午後1時を回っていました。 そして、監督との話し合いの結果、天候がすぐれないので、 今日の撮影を諦めて、とりあえず宿泊予定の「涸沢小屋」まで向かうことにしました。 小雨の中をしばらく登っていると、徐々に雨が止んできました。 そこで、先程撮影できなかったシーンを撮影。さらに急な登りを進んでいくと、急に視界が開け、辺り一面は草花で覆い尽くされていました。 ここで高山植物と戯れるシーンを撮影。 撮影は順調に進んでいるようにみなさん感じられるでしょうが、地獄はこれからでした…このパノラマコース、実は「慶応尾根」と呼ばれる急な登りだったのです。 重いリュックを背負い、VX1000を首から下げ、三脚を担いで登る直井は早くも疲れきってしまい、10分登っては休憩をとるという状況になっていました。 しかし、山の中には街灯はありませんから、太陽があるうちに、宿に辿りつかないと大変なことになります。 通常登山家は朝6時くらいから登りはじめ、昼3時には宿泊予定地に到着する予定を組みます。 しかし、その3時を過ぎて、いくら登っても先の見えないパノラマコースを登り続ける撮影隊一行には「絶望」の2文字が見え隠れしていました。 僕は余りにも疲れていて、このまま野宿してしまいたいくらいでした。 しかし、野宿なんてしたら、テントも寝袋もない僕らが凍え死ぬことは間違いない状況。 ここは日本の山々の中でも指折りの標高を誇る穂高なのですから。 そして、徐々に太陽が隠れ、薄暗くなったその時、ようやく涸沢小屋が遠くに見えてきました。 すでに時計は午後6時を回っていましたが、この時の嬉しさは今でも忘れられません。結局僕らが小屋の明かりをたよりに「涸沢小屋」に到着したのは午後7時過ぎでした。 小屋にいた登山家たちが、こんな時間に機材を抱えて到着する僕をいぶかしげに見ていたことを覚えています。 まぁ、なにはともあれ無事に到着しましたが、初日から山の恐さを教えられた1日でした。 |
|||||||||
| 1999.8.7 <そして、3,000mの高地へ> | |||||||||
この日は、朝4時に直井と監督は起床し、涸沢小屋を少し降りたところにある撮影ポイントからタイトルバックになる予定の穂高の夜明けシーンを撮影しました。 しかし、思ったより明るさが足りず、かなり粗い映像になってしまいました。 その後、朝食を済ませ、昼御飯用に作ってもらったお弁当を受け取って小屋を出発した時には、いつの間にか7時を回っていました。 この穂高岳にやってくる前の予定では、北穂高岳へ続く「大キレット」という難所で撮影するつもりでしたが、前日あまりにも直井の体力がないことが判明したので、予定を変更して、「ザイテングラード」という「大キレット」よりはやさしい登りを選択しました。というワケで、この日は普通に登れば3時間で目的地の「穂高岳山荘」に着くので、かなり余裕はありました。 ですので、登山初日に撮影したコーヒーを飲みながら一服するシーンなどのリテイクを含め、数多くのシーンを撮影しました。 「ザイテングラード」は岩の多い「穂高」の中でも特に岩の多いことで有名です。 穂高では土の上を歩くよりは、岩の上を歩いている方が多いです。 ですので、すぐに「落石」が起こります。 これがとても危険で、一度転がった岩はその斜度のせいか、なかなか止まりません。 ちょうどこの日も何度か落石があり、ところどころで登山家たちから注意を呼び掛ける大きな声が響いていました。 さて、撮影は続き、登山中のシーンを数多く撮り終えました。 途中、今にも崩れそうな足場の不安定なところにカメラを構えての撮影もありましたし、新井監督の執念は感じましたね。 また、井上くんも繰り返されるリテイクを黙々とこなしていました。 また、彼は抑え目の演技が非常に良いですね。 ストイックな登山家にはもってこいの役者さんであることを改めて感じました。 新井監督はここまで見抜いて彼を起用したのでしょうか? この日はちょうど午後3時過ぎには穂高岳山荘(あの「ラブストーリーを君に」でも登場しています。)に到着し、受け付けを済ませた後、外でビールを飲みつつ、インスタントラーメンを作って食べました。 しかし、順調に行ったのはここまで。夜は恐るべき現実が井上くんを襲いました。 山小屋というのは、登山家たちの安全を守るため、宿泊者数に制限を持たせていません。 つまり、予約なしで何人でも泊めてしまうのです。 ひとつの布団でふたりが寝る状況(なので、布団番号というものではなく、枕番号で各登山家は割り振られます。)に井上君は困惑していました。 まぁ、あと1週間遅く山に来ていたら、ひとつの布団で3人が寝る状況になっていた可能性を考えるとこれでも恵まれていますよね。 明日はとうとう奥穂高岳山頂シーン撮影です。ここでいい画が撮影できないと困ったことになるなぁと思いながら直井は眠っていました。 |
|||||||||
| 1999.8.8 <奇跡の生還> | |||||||||
撮影最終日である本日も、早朝4時過ぎから撮影が始まりました。 前日に撮影がイマイチだったオープニングシーンをリテイク。 ただし、朝の光は移り変わりが激しく、ファーストカットとセカンドカットで明るさが全然変わってしまい、 撮影は大変困難を極めました。 その後、ご来光の時にスチール撮影を行いました。 アップしてある写真はその時のものです。 で、朝食後、またまた山荘でお弁当を作ってもらって奥穂高岳(3,190m)の頂上を目指して登りはじめました。 既にこの高さまで登ってくると、普段なら自分の遥か上空にある雲が自分より低いところに見えます。 そうです!雲が下に見えるんです! これを「雲海」っていいますが、登山の醍醐味はやはりこの「雲海」を見ることにあるのではないでしょうか?それくらい素敵な風景だと僕は思います。 まぁ、天気が良すぎると雲が無くなってしまいますので、見れないんですけどね。 さて、頂上付近に辿り着いた僕たち撮影隊は見たくない現実を目の当たりにしてしまいます。 それは、頂上に群がっている登山家たちです。 誰でも登れるように整備された山が増えた最近はどうしようもないとは思いつつ、僕らは本当の頂上とは別のところに頂上っぽい作り込みをして撮影を行いました。 しかし、そこからの景色が思った程素晴らしいものではなかったのは予想外だったなぁと、僕は登ってくる途中に見てきた素晴らしい眺望を思い出しながら思っていました。 さて、頂上シーンが終わると、とにかくあとはバスターミナルのある上高地まで一気に降りることになります。 しかも頂上での撮影に手間取ってしまったこともあり、当初のスケジュールより1時間30分も予定から遅れてしまっていたので、 予定よりも早いペースで降りていく必要がありました。 途中、「紀美子平」という見晴らしの良い場所まで降りた段階ではそれなりに元気だった撮影隊もそこから先の信じられないような急な下りに呆れ返ってしまいました。 だって、普通に降りられないせいでクサリが真下に10メートルくらい伸びているんですよ! これじゃ、救急出動する消防士みたいなもんです(笑) 直井は三脚を腰に縛り付けて両手でクサリを掴みながら降りました。 まるでロッククライマーのような感じですよね。 そんなこんなで厳しいルートが続いたせいで、途中でろくに休憩をとらずに降り続けたのに、少しも下山ペースが上がらず、 バスの出発まであと2時間しかないのに、僕らはようやく高度1,000mあたりにいました。 昼食もとらずに歩いていたので、20分で休憩&食事をとり、再び歩き続けた撮影隊でしたが、既に直井は2日間の登りのせいで筋肉痛になっていて、足に力が入らなくなっていました(涙) ここからは自分で言うのは恥ずかしいんですが、ホントに「もう帰れなくてもいいや」って気分になってましたね。 登山初日に頭をよぎった情けない程の弱気が、ここでも僕の足を動かなくしていました。 しかし、バスの出発まであと40分くらいしか残っていないとき、とうとう僕は今までさんざん悩まされていたカメラと三脚を役者である井上くんに持ってもらうという暴挙にでました! 普通役者さんにそんなことさせないし、僕は特にそのへんはケジメをつけたい人間なので、とても申し訳なかったのですが、今思えばここで下手な意地を張っていて機材を持ってもらわなければ、僕達撮影隊はそのまま上高地に置き去りになっていたでしょう。 そして、荷物が無くなり、あとは筋肉痛と闘うだけ(笑)になった直井はようやく監督と井上くんの足を引っ張らない程度のペースで降りられるようになり、上高地まであと少しの「河童橋」というところまで降りてくることができました。 そして、ゴールまであと少しまで降りられた安心感から、思わずお土産屋さんでビン入りの牛乳をグイッと一飲みしてしまった撮影隊は、あやうくバスに乗り遅れるところでした(笑) 集合時間を守れない僕らだけを待っていてくれた「さわやか信州号」のみなさん、どうもすみませんでした。 というところで、長々と書いてきた「登山篇撮影日誌」も今回で終了です。 みなさん、いかがでしたか? 結局は「直井がもう少し体力をつけないといけない」というだけのおハナシでしたね(笑) では、また「Question」製作日記でお会いしましょう。さようなら。
|
|||||||||
| |
|||||||||